開業のいしずえ〜9才の思い出〜

おじいちゃんのおうち

それは昭和50年代のお話です。奈良の街で暮らす小学校3年生の女の子がいました。
お父さんとお母さんは共働きだったので、女の子は小学校から帰ると、
自転車で約1キロ離れたおじいちゃんおばあちゃんの家へ向かいました。
おばあちゃんと一緒に手芸やお菓子作りをして、公園で近所の子と遊び、
夕方にはまた自転車で自分の家に戻りました。
夏休みには、朝からそんな毎日を送っていました。

おだやかな死

いつの頃からか、横になる日が多くなってしまったおじいちゃん。
女の子はおばあちゃんといっしょに、口を湿らせたり、痰を取ったりしてお世話していました。
そうやって日々目にするなかで、おじいちゃんが少しずつ死に向かっていることを、
家族も女の子も、ごく自然なこととして受け入れていきました。
そして、おばあちゃんと見守る中、おじいちゃんは苦しむことなく穏やかにその時を迎えました。
おじいちゃんの死は、悲しかったけれど決して怖くはなかったことが、女の子の胸に刻まれました。

せん妄の患者さん

時は流れて、女の子は大学を卒業して病院勤務医となり、
年間400人以上のせん妄の患者さんを診るようになりました。
せん妄とは、入院などによる環境の変化・身体状態の悪化・薬などが原因で発症する急性脳機能不全(意識障害)で
興奮状態になったり、幻覚が見えたり、うとうと寝てばかりいる、昼夜逆転、などの症状があります。
亡くなる前には、多くの人がせん妄を通過しますが、
在宅ではせん妄が少ないことがわかっています。

認知症と入院

入院すると、食べ物や飲み物の制限とたくさんの管につながれた治療がはじまります。
もうろうとしながら「ここはどこ?帰りたい」と点滴を引き抜いて、患者さんは歩き出すこともあります。
安全に治療を行うために自由が制限され、ベッドで過ごす時間が多くなり、足が弱っていきます。
家にいたときとは別人のようになった、横たわっている本人を見て
これではもう家に帰れないと誰もが思い、施設や次の病院に移っていきます。
女の子はそんな患者さんを、たくさん目の当たりにするようになっていきました。

寄り添いたい

認知症は長寿に伴う「ふつうの現象」として受け入れられるように
せん妄や様々な精神症状を理由に、在宅をあきらめなくていいように
がんになっても、認知症になっても、できる限り住み慣れた地域で自分らしく過ごせるよう
本人と家族が望む最後を迎えられるよう、お手伝いをしたい。
本人と家族の覚悟と決断をサポートし、そばで支え続ける伴走者として見守っていきたい。
望む場所で穏やかに亡くなったおじいちゃんは、幸せだったろうと思い返して、
認知症・緩和ケア専門クリニックの院長となった女の子は、その使命をあらためて感じています。